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大阪高等裁判所 昭和62年(う)999号 判決 1987年12月16日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人石﨑甚八それぞれ作成の各控訴趣意書記載のとおり(ただし、弁護人において、被告人の控訴趣意中被告人の供述調書に任意性が欠けるとの主張は、訴訟手続の法令違反の主張である旨釈明)であるから、これらを引用する。

一被告人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の論旨について

論旨は、被告人の捜査官に対する各供述調書は、長時間にわたる強制的取調べにより作成されたものであつて、任意性に欠けるから、これを犯罪事実認定の用に供した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、被告人の所論各供述調書は、原審において、いずれも被告人側の同意に基づき異議なく取り調べられたものであるのみならず、被告人の原審公判廷における供述を含む原審記録をくまなく検討しても、右各供述調書の任意性を疑わせる事情は、毫も認められない。また、被告人の当審公判廷における供述も、各供述調書の任意性に疑いを抱かせるものではない。従つて、所論各供述調書の証拠能力に欠けるところはなく、これを犯罪事実認定の用に供した原判決に、所論の違法は存しない。論旨は、理由がない。

二弁護人の控訴趣意第一、一(実行の着手を争う事実誤認の論旨)について

論旨は、本件において、被告人は、窃盗の実行に着手していないのであるから、被告人が窃盗未遂を犯したものと認めた原判決は、事実を誤認したものである、というのである。

そこで、検討するのに、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、共犯者A、Bと共謀の上、窃盗の目的で、原判示C方空家に侵入して同家奥の内蔵前に至つた際、右Bにおいて、内蔵内の金品を窃取する目的で、内蔵の三重の扉のうち、外側の観音開きの扉の施錠の鎖を所携のバールで破壊して開扉し、中間の施錠のない引き戸を引いた上、最奥の木製網入り引き戸の施錠を破壊する作業をしていた際、右引き戸上部の金網越しに内蔵内部をのぞき見たりしたが、結局、後記の事情で、金品窃取に至らないまま逃走したものであることが明らかである(右の事実関係については、被告人らが逃走するに至つた経緯を除き、所論もこれを争つていない。)。

ところで、屋内侵入型の窃盗罪における実行の着手時期は一般に、屋内における物色開始時と解されているが、土蔵、倉庫のような特殊な建物の場合には、当該建物の内部において物色を開始するまでもなく、右建物へ侵入する目的で外扉の錠や壁などの破壊を開始した時点で、窃盗罪の実行の着手があると解するのが相当であつて(名古屋高判昭和二五・一一・一四刑集三巻四号七四八頁、高松高判昭和二八・二・二五刑集六巻四号四一七頁各参照)、このことは、右土蔵、倉庫が家屋内の一部として設けられている場合(いわゆる内蔵)においても変るところはないというべきである。そして、右の見解によれば、本件における前示の事実関係に照らし、被告人らが窃盗罪の実行に着手したと認め得ることは明らかであつて、右着手を争う所論は採用できない。もつとも、原判決は、被告人らが、「内蔵にまで至り、物色した」事実を認定して、窃盗未遂罪の成立を認めているところ、一般に、施錠された内蔵の外側から単に内部を物色したに止まるのであれば、いまだ窃盗罪の着手ありとはいえないけれども、本件においては、被告人らが最奥の引き戸の金網から内部をのぞき見(物色)する以前に、外扉の施錠の破壊を完了し、最奥の引き戸の施錠の破壊を開始するなど、すでに窃盗罪の実行の着手と目される行為を行つていることが明らかであることは、前説示のとおりであつて、右の点からすると、原判決のいう「物色」は、前示施錠の破壊行為に引き続いてなされた「のぞき見」であると解するのが相当であり、そうだとすると、右「物色」が、窃盗罪の実行の着手後における、財物奪取に向けられた実行行為の一部を構成することも、論を待たないところである。従つて、窃盗罪の実行行為として「物色」と摘示した原判決が、もし右時点において初めて着手があつたとする趣旨であれば、誤りであるといわなければならないが、結局は窃盗罪の着手があつたと認定したことは相当であるから、原判決に、判決に影響を及ぼすことの明らかな違法(事実誤認又は法令適用の誤り)があるとはいえない。なお、原判決の右判示が、「罪となるべき事実」の摘示として不十分ではないかとの疑いがないではないが、原判示の「物色」とは、前示の実行に着手したのちの「のぞき見」行為をいうものと認められ、右は、すでに述べたように実行行為の一部であるから、原判決に、理由不備の違法があるとはいえない。論旨は、理由がない。

三被告人の控訴趣意中事実誤認の論旨及び弁護人の控訴趣意第一、二(中止未遂の成立をいう事実誤認の論旨)について

各論旨は、被告人は、最奥の引き戸を開けるのに手間取つている間に、自己の意思により犯行を中止すべく、共犯者両名に働きかけて実行を中止させたものであつて、原認定のように、「目的物の発見に至らなかつたため、」その目的を遂げなかつたものではない。従つて、本件については、少なくとも中止未遂が成立すると解されるのに、これを障害未遂と認めた原判決は、事実を誤認したものである、というのである。

そこで、検討するのに、原判決挙示の証拠によれば、被告人らが原判示空家奥の内蔵前から逃走するに至つたのは、共犯者Bが最奥の引き戸の施錠の破壊に手間どり、容易に内部へ侵入できないでいるうちに、右空家の防犯非常ベルの音に気付いた隣人からの一一〇番通報により現場付近にパトカーが到着し、右車両の発進音等から人の気配を察知し犯行の発覚を恐れた被告人において、共犯者両名に対し犯行の中止を呼びかけ、同様の不安にかられていた両名も直ちにこれに応じたためであると認められる(右認定と抵触する被告人の当審公判廷における供述は、その余の証拠と対比して、措信することができない。)。そうすると、被告人が、もともと本件犯行に乗り気でなく、現場に到着したのちも、発覚の危険の大きい現場の環境等から、内心、できれば犯行を中止したいと考えていたこと等所論指摘の事情を考慮しても、結局は、共犯者らのなすままに自己も追従した上、人の気配によつて発覚を恐れて逃げ出したものであるから、本件が、中止未遂ではなく障害未遂の事案であると解すべきことは、明らかなところといわなければならない。従つて、本件につき中止未遂が成立するとの所論は、採用の限りではない。もつとも、原判決は、被告人らが、「目的物の発見に至らなかつたため」その目的を遂げなかつた旨判示しているところ、右認定も、被告人及び共犯者二名の捜査官に対する各供述調書の内容に照らせば、これを肯認し得るように考えられないでもないが、被告人の原審及び当審各公判廷における供述をも併せ検討すると、本件が未遂に終つた理由は、前示のとおりであると認めるのが相当であり、原判決は、右の点で事実を誤認したものといわなければならない。しかし、本件については、いずれにしても中止未遂成立の余地はなく、これを障害未遂と認めた原判決の結論は、前示のとおり是認し得るのであるから、原判決の右事実誤認は、いまだ判決に影響を及ぼすことの明らかなものであるとはいえない。論旨は、結局、理由なきに帰する。

四被告人の控訴趣意中量刑不当の論旨及び弁護人の控訴趣意第二について

各論旨は、原判決の量刑不当を主張するが、原審記録及び当審における事実取調べの結果に現われた本件犯行の動機、罪質、態様及び被告人の前科前歴等、特に、本件は、窃盗、同未遂罪及びこれらの罪を含む罪の前科だけでも計九犯を有する被告人が、前刑執行終了後二年も経過しないうちに、共犯者二名と共謀の上計画的に行つたいわゆる土蔵破り未遂の事案であつて、ドライバーを使用して厳重な施錠を破壊するなど、その手口も甚だ悪質であるといわざるを得ないことなどに照らすと、本件が、共犯者Aの主導のもとに行われた犯行であつて、被告人は、もともと犯行に乗り気でなく、最終段階において、発覚を恐れてのことであるとはいえ、共犯者に対し犯行の断念を呼びかけていること等所論指摘の事情を考慮に容れても、原判決の量刑(懲役一年)が不当に重すぎるとは認められない。なお、弁護人の所論は、原判決の量刑が、共犯者Aの刑(同じく、懲役一年)と対比して均衡を失する旨主張するが、同種前科の数において大きな隔たりのある被告人とA(被告人は、前示のとおり、窃盗罪等の前科九犯を有し、服役の経験も八回の多きに達するのに、Aの窃盗、同未遂罪の前科は三犯、うち実刑は二犯のみである。)との量刑の均衡を、本件犯行において果たした役割等所論指摘の事情のみから論ずるのは相当でなく、右所論も採用できない。各論旨は、いずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、当審における訴訟費用の負担免除につき、刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野間禮二 裁判官木谷明 裁判官生田暉雄)

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